【今日の一曲:第355回】 キタニタツヤ / プラネテス

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今回は「今日の一曲」と言いながら少し真面目なお話。

 

自分は生まれてから物心ついてからは大袈裟ですが、気づけばずっと違和感の中にいます。

 

それはこの世界に平等な正しさがないことがわかるように、人それぞれの正義感や価値観が色々交差する中で自分が思う生き方がこの世界では通用しないということを含め、殆どの人が「わかってはいるが」という意見でもそのまま進むことに疑問が並んだり、この世界の人たちが「気にも留めない事」が気になって仕方がない…そんな埋める事ができない溝が世界と自分にあります。

 

41歳という一般的に働き盛りだったり家庭を持って生きる人が殆どだとおもいますが、そう考えると体調面もありますが自分は異端です。

 

「社会人らしく」って言葉を聞くたび、その言葉を発する人間性にも疑問がでます。

 

この世界に優しい人は沢山います。多分、一般的に悪人なんて呼ばれる人はほんの一握りかもしれない。

 

でも、流され生きる人がこの世界を占めているのは事実。

 

意見を持っているつもりでも、本質は違うことも多く。

 

昔から「相談」ということは色々あったけど本質をみれば皆が「もうどこかで決めたこと」を「相談」されることが多い。

 

単純に後押しされたいだけのなんの意味もない「相談」もありふれ。

 

自分からするとただただ、何もない。

 

例えばこのご時世なら、「ワクチン」についてや「戦争」についてもすでに見えていた未来。それは予言でもなく、ただただ表面に見えるものではなく、本質をみようとすれば見えてくるものだったり。

 

時間がかかって表面化してきたときに色々考え、問題化しても人間のサイクルは重く受け止め行動するより流したりうやむやにしたりと他人事のように話、結果行動へと移すわけでもないことが多く。

 

なにより感覚が「麻痺」した人が多い世界。

 

自覚がなくても流されている事実に気づかない世界に自分は浮遊しただけの傍観者のよう。 

 

「教科書」「学校」「社会」で何を学ぶのか。

 

良い学歴というが勉強ができたから人間性はできあがるのか?

いい会社に就職すれば幸せか?

お金を手にしたから安心か?

 

根本的に自分はどうでもいいこと。

 

「社会的」というステータスを求める時点でもう「麻痺」して流された物体。

 

なのに「人間性」を求める不思議な世界に違和感でしかない。

 

「感動」をつくり上げたテレビやメディアにも違和感しかない。

 

本当にある感動した体験ではなく、走りたいと願ったわけでもなく一晩走らされゴールしたりしなかったり。本人ならまだしもそれをテレビで放映し観て何の感動を覚えるのだろう。

カメラを向けられて、編集されて、ドキュメントだって立派なフィクション。

 

メディアに関しては「協調」ではなく「強調」を押し付けてくるものにしか感じない。

 

先日、とあるお店でレジは若い女の子。そして「だから、ちげぇよ、なめているのか!」とキレているおじさん。すぐ横のレジにいるのに助けもしない年配の同僚。

 

あまりにキレているので近くで爆笑してあげた。

 

自分からするとこのおじさんは「わたし、短気ですよ」「人間として低俗ですよ」「説明力も理解力もありません」ということを自ら大声でアピールしている。

 

自分でも「低俗」がわかったのか声が小さくなるおじさん。

 

世間でもコンプライアンスやら炎上やら賑わうけど、そんなことを発している時点で「低俗」なのでそんな言葉に対してまともな耳を持って付き合う人たちはみんな優しさを通り越して苦情をはき違えた「低俗」に「低俗」でお返しするループで狂っているようにも見える。

 

こんなことは日常的に至る所でありふれる。

でも、誰もが自分には関係ないと思うのか素通りしていく。

 

世間体だけの協調性と自己防衛しかない社会性で彼らはそれでも他人へ意見したり誰かを偏見にみるだろう。

 

自分の中ではもう、とっくに終わりを迎えた世界です。

 

今、誰でも「SDGs」や「メタバース」と口にできる世界でもあるけどほとんどの人が本質をみれていない。

今の人口や生産性などではもう経済は発展しない。だからどうするのかという問題で動いている。そしていずれも実現するには問題がある。

 

意味を理解することが出来てもそれが何に結び付くのか。

 

自分の人生、約半分も今は一緒に生きて頂いている相手がいる。

それまではずっとそんな周りと違う感覚で孤独にもがいていた気がします。

不登校で親とも確執があり、協調性を重視しない自分から友人も離れていき。

告白され人間を知る意味でも交際してきたけど、すぐ通じることができない壁に気づき別れ。

自分も自決しようとしたからこそ見えた世界もあり。

それでも今まで生きてこれたことに感謝はあるし出会えた人があって今の自分が出来ているところもあり。

 

それでもこの世界は違和感でしかなく、口を開いても何もできない。それは意見するものでもない。皆が自分自身で考える問題。

 

よく、考え方が違いすぎて話にならないという事がありますが…

自分はこの世界の成り立ちがすでに人の観点から違いすぎて話にならない…というか少数なんだから一般的には相手にされないが正解ですかね(笑)

 

だから普段からこの歌を口ずさむんです(笑)

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こんな違和感だらけの世界ですが、色々な本質に気づけ今を生きていられることは幸せです。そして、その本質に気づいているからこそ腹から爆笑してやりたいと思います(笑)

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

歌詞全文引用

知らない国に迷い込んだみたいだ
誰もが綺麗な嘘で話してる
この手をどこにも繋げないまま、私は
もがくようにあなたを探している

死んでしまった誰かのニュースに
涙した優しい人たち
這いつくばって生きる誰かの
生きているざまには舌打ちをした

私はどこにいるの?

あのね、

あなたとふたりで息をしていたい
あなたとふたりで泳いでゆきたい
どこか遠くの果てに流れ着くまで
まだ見ぬ世界で笑えるまで
ただあなたとだけ手を繋げるなら
ただあなたとだけ夜をやり過ごせたら
信じられるものなどひとつもなくても
ふたつの寂しさでも

何もない宇宙に放り出されたみたいだ
前後も左右もわからなくなる
へその緒を切った赤子のように、私は
覚えたての孤独に噛みついている

海の向こうで起きた悲劇に
慈悲をかけ憐れむ人たち
同じ言葉で話す誰かを
傷つけてどうして笑えてしまうの?

それでも生きているの?

誰もが独りで生きてはゆけない
悲しみの重さを受け止めきれない
凍てつくビル風に身を震わせて
かじかむ心に息を吹いて
今より少しだけ優しくなれたら
繋がり合うことを恐れずにいられたら
目に見えない悪意に苛まれようとも
正しくあれなくとも

あのムーンリバーを渡って
迷いながら進もう
沢山の世界をあなたと見たいよ

道標は要らない
隣にあなたがいて
私はここにいるから

あなたとふたりで息をしていたい
あなたとふたりで泳いでゆきたい
どこか遠くの果てに流れ着くまで
まだ見ぬ世界で笑えるまで
ただあなたとだけ手を繋げるなら
ただあなたとだけ夜をやり過ごせたら
信じられるものなどひとつもなくても
ふたつの寂しさでも

あなたと生きてゆける

 

 

こちらでも歌ってます。

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収録音源